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【技術情報】電磁気学入門

11. 静的な電磁場とポインティングベクトル


 第8章において、電磁場のエネルギーをポインティングベクトルが運び、電磁場と物質との相互作用において運動量が保存することを述べました。ところで、前回議論した静的な電磁場において、電荷と磁化が存在するときには電場と磁場よりポインティングベクトルができることが分かります。
 例えば帯電した磁石が作る静的な電場は磁石から放射状にひろがるのに対し、磁場は磁石のN極からS極へ向かうのでポインティングベクトル、
\begin{equation}
\boldsymbol{q}=[\boldsymbol{E}\times\boldsymbol{H}] \tag*{$(11-1)$}
\end{equation}
はこの磁石の周りを回転することになります。またこのときの電磁場の運動量を考えると、
\begin{equation}
\boldsymbol{p}=\frac{1}{c^2}[\boldsymbol{E}\times\boldsymbol{H}] \tag*{$(11-2)$}
\end{equation}
となるので、この磁石は角運動量を持つことになります。
 このことは一見不合理なように思われます。なぜなら静止した磁石を帯電しただけの静的な電場と磁場だけが存在するだけで、この磁石の周りを回転するエネルギーの流れがあることはなかなか想像しがたいことだからです。それではこのような場合、第8章の議論は成立しないのでしょうか。例えばポインティングベクトルがエネルギーを運ぶのは電磁波のように電場と磁場が密接に関係している場合にのみいえることであって、今回のような静的な電磁場の場合、このような解釈は許されないのでしょうか。しかし、第8章ではそのような前提を置かずマックスウェルの方程式からの自然な帰結として電磁場の運動量保存則が出てきました。このことから、静的な電場や磁場に関してもポインティングベクトルがエネルギーを運ぶということを認める必要があります。
 以上のような観点から、帯電した磁石を例にこの問題について議論していきたいと思っています。話を簡単にするために、磁石を座標 $(0,0,d/2)$、$(0,0,-d/2)$ にそれぞれ磁荷 $m$、$-m$ を持つ磁気双極子として考えます。またこの磁石が電荷 $q$ に帯電していることを表現するために、座標 $(0,0,d/2)$、$(0,0,-d/2)$ にそれぞれ $q/2$ の電荷を置きます。
 まずこの磁石の作る磁場を、前の章で求めた磁荷が作る磁場の式を使って計算すると次のようになります。この磁石が空間に作る磁気ポテンシャルは、
\begin{equation}
\Omega(\boldsymbol{x})=\frac{m}{4\pi\mu_0}\bigl(\frac{1}{R_+}-\frac{1}{R_-}\bigr) \tag*{$(11-3)$}
\end{equation}
です。ただし、
\begin{equation}
\begin{split}
&R_+=\sqrt{x^2+y^2+(z-d/2)^2}=\sqrt{r^2+(z-d/2)^2} \\
&R_-=\sqrt{x^2+y^2+(z+d/2)^2}=\sqrt{r^2+(z+d/2)^2}
\end{split} \notag
\end{equation}
です。これより磁場 $\boldsymbol{H}$ の円筒座標における成分は次のようになります。
\begin{equation}
\begin{split}
&H_r(\boldsymbol{x})=-\frac{\partial\Omega}{\partial r}=\frac{m}{4\pi\mu_0}\bigl(\frac{r}{R_+^3}-\frac{r}{R_-^3}\bigr) \\
&H_z(\boldsymbol{x})=-\frac{\partial\Omega}{\partial z}
=\frac{m}{4\pi\mu_0}\bigl(\frac{z-d/2}{R_+^3}-\frac{z+d/2}{R_-^3}\bigr)
\end{split} \tag*{$(11-4)$}
\end{equation}
次にこの磁石の作る電場を、前の章で求めた電荷が作る電場の式を使って計算すると次のようになります。この電荷が空間に作るスカラーポテンシャルは、
\begin{equation}
\phi(\boldsymbol{x})=\frac{q/2}{4\pi\epsilon_0}\bigl(\frac{1}{R_+}+\frac{1}{R_-}\bigr) \tag*{$(11-5)$}
\end{equation}
です。これより電場 $\boldsymbol{E}$ の円筒座標における成分は次のようになります。
\begin{equation}
\begin{split}
&E_r(\boldsymbol{x})=-\frac{\partial\phi}{\partial r}=\frac{q}{4\pi\epsilon_0}\bigl(\frac{r}{R_+^3}+\frac{r}{R_-^3}\bigr) \\
&E_z(\boldsymbol{x})=-\frac{\partial\phi}{\partial z}
=\frac{q}{4\pi\epsilon_0}\bigl(\frac{z-d/2}{R_+^3}+\frac{z+d/2}{R_-^3}\bigr)
\end{split} \tag*{$(11-6)$}
\end{equation}
これより、磁石の周りにできるポインティングベクトルの周方向の成分は、
\begin{equation}
\begin{split}
P_\theta(\boldsymbol{x})=&(E_zH_r-E_rH_z) \\
=&\frac{qm}{16\pi^2\epsilon_0\mu_0}\bigl[\bigl(\frac{z-d/2}{R_+^3}+\frac{z+d/2}{R_-^3}\bigr)\bigl(\frac{r}{R_+^3}-\frac{r}{R_-^3}\bigr) \\
&-\bigl(\frac{r}{R_+^3}+\frac{r}{R_-^3}\bigr)\bigl(\frac{z-d/2}{R_+^3}-\frac{z+d/2}{R_-^3}\bigr)\bigr] \\
=&\frac{qm}{16\pi^2\epsilon_0\mu_0}\frac{2rd}{R_+^3R_-^3}
\end{split} \notag
\end{equation}
となります。これよりこの帯電した磁石の作るポインティングベクトルによる角運動量は次のようになります。
\begin{equation}
2\int_0^\infty dz\int_0^\infty dr2\pi r\frac{P_\theta}{c^2}r
=\frac{qmd}{2\pi}\int_0^\infty dz\int_0^\infty dr\frac{r^3}{R_+^3R_-^3} \notag
\end{equation}
ところで、
\begin{equation}
\begin{split}
R_+R_-&=\sqrt{r^2+(z-d/2)^2}\sqrt{r^2+(z+d/2)^2} \\
&=\sqrt{(r^2+z^2+d^2/4)^2-d^2z^2}
\end{split} \notag
\end{equation}
ですから上の積分は、
\begin{equation}
\begin{split}
&\frac{qmd}{2\pi}\int_0^\infty dz\int_0^\infty dr\frac{r^3}{\bigl[(r^2+z^2+d^2/4)^2-d^2z^2\bigr]^{3/2}} \\
&=\frac{qmd}{2\pi}\int_0^\infty dz\Bigl[\frac{(z^2+d^2/4)(x^2+z^2+d^2/4)-d^2z^2}{2d^2z^2\sqrt{(x^2+z^2+d^2/4)^2-d^2z^2}}\Bigr]_0^\infty \\
&=\frac{qmd}{2\pi}\int_0^\infty dz\Bigl(\frac{z^2+d^2/4}{2d^2z^2}-\frac{|z^2-d^2/4|}{2d^2z^2}\Bigr) \\
&=\frac{qmd}{2\pi}\Bigl(\int_{d/2}^\infty\frac{dz}{4z^2}+\int_0^{d/2}\frac{dz}{d^2}\Bigr) \\
&=\frac{qm}{2\pi}
\end{split} \notag
\end{equation}
となります。したがって、電磁場の持つ $z$ 軸周りの角運動量 $L_z$ は次のようになります。
\begin{equation}
L_z=\frac{qm}{2\pi} \tag*{$(11-7)$}
\end{equation}
このように静止した電場や磁場が電磁場のエネルギーの流れを作り、その結果帯電した磁石が角運動量を持つようになります。磁石が帯電していない場合、電場は存在しませんからこのような角運動量は持ちません。これより、帯電していない磁石を帯電するためには外部からトルクを与えなければならないことになります。
 それではこのことを示すために、磁石を帯電するときに必要なトルクと角運動量を求めてみます。最初、$x$ 軸の無限遠点にある電荷 $q$ を $x$ 軸に沿って原点に持ってくることによって上の磁気双極子を帯電させることを考えます。$x$ 軸上の磁束密度は(11-4)式より、
\begin{equation}
\begin{split}
&B_x(\boldsymbol{x})=0 \\
&B_z(\boldsymbol{x})=-\frac{m}{4\pi}\frac{d}{\bigl[x^2+(d/2)^2\bigr]^{3/2}}
\end{split} \notag
\end{equation}
ですので、この磁場の中を運動する電荷の受けるローレンツ力は、
\begin{equation}
F_\theta=-qB_z\frac{dx}{dt}=\frac{qm}{4\pi}\frac{d}{\bigl[x^2+(d/2)^2\bigr]^{3/2}}\frac{dx}{dt} \notag
\end{equation}
となります。したがって、電荷が $x$ 軸の無限遠点から原点まで移動する時間を $T$ とすれば、この間に電荷が受けるトルクの時間積分は次のようになります。
\begin{equation}
\begin{split}
\int_0^TF_\theta xdt&=\frac{qmd}{4\pi}\int_0^T\frac{x}{\bigl[x^2+(d/2)^2\bigr]^{3/2}}\frac{dx}{dt}dt \\
&=\frac{qmd}{4\pi}\int_0^T\frac{x}{\bigl[x^2+(d/2)^2\bigr]^{3/2}}dx \\
&=\frac{qmd}{4\pi}\Bigl[-\frac{1}{\sqrt{x^2+(d/2)^2}}\Bigr]_{-\infty}^0 \\
&=-\frac{qm}{2\pi}
\end{split} \tag*{$(11-8)$}
\end{equation}
この式は磁気双極子を帯電させる操作によって外部に与えられる角運動量を表しています。したがって、角運動量が保存するためには帯電した磁気双極子はこの式と逆の符号を持つ角運動量を持つことになります。これは帯電した磁気双極子のベクトルポテンシャルから計算した電磁場の角運動量(11-7)式と一致します。
 以上の議論から、帯電した磁石の周りには実際にポインティングベクトルから計算したエネルギーの流れがあり、角運動量を持つことが分かります。
 面白いことに(11-7)式を見ると、角運動量が磁石の磁気モーメントではなく磁荷に依存することが分かります。量子力学によると角運動量はプランク定数 $h$ を使って次のように表されます。
\begin{equation}
L_z=n\frac{h}{2\pi} \tag*{$(11-9)$}
\end{equation}
ここに $n$ は整数です。この式と(11-7)式を比較すると、
\begin{equation}
qm=nh \tag*{$(11-10)$}
\end{equation}
となります。$q$ を電荷の最小単位である素電荷 $e$ とすれば、磁化は最小単位、
\begin{equation}
m=\frac{h}{e}=\frac{6.626\times 10^{-34}\mathrm{Js}}{1.602\times 10^{-19}\mathrm{Q}}=4.136\times 10^{-15} \hspace{2mm} [\mathrm{Js/Q}] \tag*{$(11-11)$}
\end{equation}
の整数倍の値しか取れないことが分かります。この値はP.A.Mディラックの磁気単極子(モノポール)の磁荷と一致します。
 今回は、静的な電磁場においてもポインティングベクトルによるエネルギーの流れと、それに伴う角運動量が存在することを述べました。その結果、角運動量の量子化より電荷と磁荷の間には(11-10)式の関係があることが分かりました。この式を見ると、電荷と磁荷が対称な形で式に入っていることが分かります。今までは実在するのは電荷と磁化であって、磁荷は磁性体を扱う際体積積分の中にのみ現れる抽象的な概念と考えてきましたが、この対称性は磁荷という概念がもう少し具体的なものとしてとらえることができることを示唆しているようにも思われます。