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【技術情報】電磁気学入門

5. 誘電体と磁性体


 前回まで電場や磁場が電荷と電流によってどのように作られるかを見てきましたが、普段は電気や磁気を持たなくても電場の中に置くことによって電場の発生源になる物質や、磁場の中に置くことによって磁場の発生源となる物質があります。前者を誘電体、後者を磁性体とよびます。
 まず誘電体について考えることにします。電気を持っていない物質という表現をしましたが、通常私たちが接することのできる物質は原子からできていることはよく知られています。また原子はプラスの電荷を持つ原子核とマイナスの電荷をもつ電子から構成されていることも知られています。ですから電気を持っていない物質といってもその中には莫大な数のプラスとマイナスの電荷が存在しており、全体として電荷の総和がゼロとなっているのにすぎないのです。例えば水素ガス1グラム中にはアボガドロ数だけの電子があり、その電荷の総量は次のようになります。
\begin{equation}
6.022\times 10^{-23}\times(-1.602\times 10^{-19})=-9.647\times 10^4 \hspace{2mm} クーロン \notag
\end{equation}
大気中の水素ガス $1\,\mathrm{cc}$ にしても、
\begin{equation}
\frac{-9.647\times 10^4}{2.24\times 10^4}=-4.307 \hspace{2mm} クーロン \notag
\end{equation}
となります。以前お話ししたように、1クーロンの電荷をもつ二つの物体を1メートル離しておいたときの力が90万トンであることを考えれば、この電荷の量は大変なものです。幸い水素ガスの中には電子と同じ数の陽子が存在し、それがちょうど電子と同じ大きさのプラスの電荷をもっていますので、全体として中和しておりこのような巨大な電荷がそのまま表れることはありません。さらに原子の数が非常に多いことを考えると、通常のスケールの範囲では微小な領域を考えてもプラスとマイナスの電荷はちょうど打ち消しあっていて電荷が現れることはないのでまったく電気を持っていないように見えます。
 これからしばらくの間、電気を持っていない絶縁体について考えます。このような物質を電場の中におくと、全体としては電荷の総和はゼロのままですが、電場の力によってこれらの電荷の位置が変化しますので、電荷が打ち消しあわない微小領域が生じ、その結果物質内部や表面に電荷が発生することがあります。ただし金属のような導体ではありませんので、電場が時間的に変化しないときは電荷の移動はありません。ここで、電荷の移動を表すベクトル $\boldsymbol{P}$ を導入します。このベクトルの大きさは移動した電荷と移動距離の積で、方向は移動した方向と一致するものとします。また、このベクトルは物質の中に連続的に分布していると考えることができます。今、物質の中に微小な領域 $\Delta V$ を考えます。この領域を囲む閉曲面を $\Delta S$ としてこの曲面上の外向きにとった単位法線ベクトルを $\boldsymbol{n}$ とすれば、この領域から出ていく電荷の量は、
\begin{equation}
\int_{\Delta S}\boldsymbol{P}\cdot\boldsymbol{n}dS \notag
\end{equation}
となります。これよりこの領域に発生する電荷 $\Delta Q$ は次のようになります。
\begin{equation}
\begin{split}
\Delta Q&=-\int_{\Delta S}\boldsymbol{P}\cdot\boldsymbol{n}dS \\
&=-\int_{\Delta V}\mathrm{div}\boldsymbol{P}dV
\end{split} \notag
\end{equation}
ここで、ガウスの発散定理を使って表面積分を体積積分にかきかえています。この結果は、物質中にこのような過程で $-\mathrm{div}\boldsymbol{P}$ の電荷密度が発生したことといえます。この電荷密度によっても電場は作られますので、前節で述べた電荷が作る電場の方程式、
\begin{equation}
\mathrm{div}\boldsymbol{E}=\frac{\rho}{\epsilon_0} \tag*{$(5-1)$}
\end{equation}
は次のように変更する必要があります。
\begin{equation}
\mathrm{div}\boldsymbol{E}=\frac{\rho-\mathrm{div}\boldsymbol{P}}{\epsilon_0} \notag
\end{equation}
この式を変更すれば次式が得られます。
\begin{equation}
\mathrm{div}(\epsilon_0\boldsymbol{E}+\boldsymbol{P})=\rho \tag*{$(5-2)$}
\end{equation}
このように絶縁体の電気特性はこのベクトル $\boldsymbol{P}$ で決まることになるので、今後このベクトルのことを分極とよぶことにします。ここで、
\begin{equation}
\boldsymbol{D}\equiv\epsilon_0\boldsymbol{E}+\boldsymbol{P} \tag*{$(5-3)$}
\end{equation}
と定義すれば(5-2)式は次のようになります。
\begin{equation}
\mathrm{div}\boldsymbol{D}=\rho \tag*{$(5-4)$}
\end{equation}
ここで、$\boldsymbol{D}$ は電束密度、または電気変位とよばれています。
 通常、電場 $\boldsymbol{E}$ がそれほど大きくないときは分極 $\boldsymbol{P}$ は電場に比例します。この場合、電束密度 $\boldsymbol{D}$ も電場に比例しますので、(5-3)式は次のようにかくことができます。
\begin{equation}
\boldsymbol{D}=\epsilon\boldsymbol{E} \tag*{$(5-5)$}
\end{equation}
ここに比例定数 $\epsilon$ は誘電率とよばれ、誘電体の電気特性を表現しています。ちなみに真空中では分極が存在しないので、(5-3)式は、
\begin{equation}
\boldsymbol{D}=\epsilon_0\boldsymbol{E} \tag*{$(5-6)$}
\end{equation}
となり、(5-5)式との対応から $\epsilon_0$ が真空の誘電率となることが分かります。
 次に磁性体について考えます。磁性体を磁場の中におくと、この磁性体も磁気を帯び磁場の源になることはよく知られています。この性質を誘電体のとき少し述べたのと同じようにミクロな物質の構造から考えていくこともできますが、ここでは磁場を作るのが電流であることを考えて磁性体の中をある種の電流が流れるものとして議論していきます。この電流の性質から磁性体の磁気特性を調べようというわけです。
 まず、磁性体を磁場中においても、普通はそれによって磁性体が全体として電気を帯びることはありません。このことは、この電流が磁性体の外に流れださないことを示しています。また、磁性体の各部分が電気を帯びることもないので、ある領域を考えた場合にこの電流がこの領域に入る量と出ていく量がつねに等しくなければならないことになります。この領域を $V$、この領域を囲む閉曲面を $S$ としてこの曲面上の外向きにとった単位法線ベクトルを $\boldsymbol{n}$ とすれば、この電流 $\boldsymbol{J}$ に対して次の関係が成り立つことになります。
\begin{equation}
\int_S\boldsymbol{J}\cdot\boldsymbol{n}dS=\int_V\mathrm{div}\boldsymbol{J}dV=0 \notag
\end{equation}
この領域 $V$ は任意にとることができるので次式が成立します。
\begin{equation}
\mathrm{div}\boldsymbol{J}=0 \tag*{$(5-7)$}
\end{equation}
ベクトル解析の関係から、発散をとってゼロとなる量はあるベクトルの回転として表すことができます。つまり、
\begin{equation}
\boldsymbol{J}=\mathrm{rot}\boldsymbol{M} \tag*{$(5-8)$}
\end{equation}
です。この電流も磁場を作りますので、前節で述べた電流が作る磁場の方程式、
\begin{equation}
\mathrm{rot}\boldsymbol{B}=\mu_0\boldsymbol{J} \tag*{$(5-9)$}
\end{equation}
は次のように変更する必要があります。
\begin{equation}
\mathrm{rot}\boldsymbol{B}=\mu_0(\boldsymbol{J}+\mathrm{rot}\boldsymbol{M}) \notag
\end{equation}
この式を変形すると次式が得られます。
\begin{equation}
\mathrm{rot}\bigl(\frac{1}{\mu_0}\boldsymbol{B}-\boldsymbol{M}\bigr)=\mu_0\boldsymbol{J} \tag*{$(5-10)$}
\end{equation}
このように、磁性体の磁気特性はこのベクトル $\boldsymbol{M}$ で決まることになります。今後このベクトルを磁化ベクトルとよぶことにします。ここで、
\begin{equation}
\boldsymbol{H}\equiv\frac{1}{\mu_0}\boldsymbol{B}-\boldsymbol{M} \tag*{$(5-11)$}
\end{equation}
と定義すれば(5-10)式は次のようになります。
\begin{equation}
\mathrm{rot}\boldsymbol{H}=\boldsymbol{J} \tag*{$(5-12)$}
\end{equation}
ここで、$\boldsymbol{H}$ は磁場の強さとよばれています。
 通常、磁場の強さ $\boldsymbol{H}$ がそれほど大きくないときには、磁化ベクトル $\boldsymbol{M}$ は磁場の強さに比例します。この場合、磁束密度 $\boldsymbol{B}$ も磁場の強さに比例しますので、(5-11)式は、次のようにかくことができます。
\begin{equation}
\boldsymbol{B}=\mu\boldsymbol{H} \tag*{$(5-13)$}
\end{equation}
ここに比例定数 $\mu$ は透磁率とよばれ、磁性体の磁気特性を表現しています。ちなみに真空中では磁化ベクトルが存在しないので、(5-11)式は、
\begin{equation}
\boldsymbol{B}=\mu_0\boldsymbol{H} \tag*{$(5-14)$}
\end{equation}
となり、(5-13)式との対応から $\mu_0$ が真空の透磁率となることが分かります。
 ここでは磁性体の性質を磁性体内を流れるある種の電流として議論したために、ここで導入された磁化ベクトル $\boldsymbol{M}$ の物理的な意味が誘電体のとき導入された分極 $\boldsymbol{P}$ のようにはっきりしていません。そこで(5-11)式の両辺の発散をとりますと、
\begin{equation}
\mathrm{div}\boldsymbol{H}=\mathrm{div}\frac{\boldsymbol{B}}{\mu_0}-\mathrm{div}\boldsymbol{M} \notag
\end{equation}
となり、さらに磁束密度 $\boldsymbol{B}$ の発散はゼロですから上式は次のようになります。
\begin{equation}
\mathrm{div}\boldsymbol{H}=-\mathrm{div}\boldsymbol{M} \tag*{$(5-15)$}
\end{equation}
一方、電荷密度が存在しない場合の電場に関する方程式は、(5-2)式より、
\begin{equation}
\mathrm{div}\epsilon_0\boldsymbol{E}=-\mathrm{div}\boldsymbol{P} \tag*{$(5-16)$}
\end{equation}
となりますが両者を比べると、磁化ベクトル $\boldsymbol{M}$ が誘電体の分極 $\boldsymbol{P}$ と同じような形で磁場の生成に関与していることが分かります。ここではこれ以上議論しませんが $\boldsymbol{M}$ については後にはっきりとした物理的意味を与えます。
 今回は誘電体や磁性体が存在する場合の電場や磁場について議論しました。その結果、これらの物質が存在する場合でも分極 $\boldsymbol{P}$ や磁化ベクトル $\boldsymbol{M}$、または電束密度 $\boldsymbol{D}$ や磁場の強さ $\boldsymbol{H}$ を導入することによって、電荷及び電流がこれらの場を発生させていることに変わりないことを示しました。
 ここで、これまで得られた電場と磁場に関する方程式をまとめると以下のようになります。
\begin{equation}
\begin{split}
&\mathrm{rot}\boldsymbol{E}=-\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t} \hspace{12mm} (3-10) \\
&\mathrm{div}\boldsymbol{B}=0 \hspace{19mm} (4-6) \\
&\mathrm{div}\boldsymbol{D}=\rho \hspace{19mm} (5-4) \\
&\mathrm{rot}\boldsymbol{H}=\boldsymbol{J} \hspace{18mm} (5-12)
\end{split} \notag
\end{equation}
ただし、
\begin{equation}
\begin{split}
&\boldsymbol{D}=\epsilon_0\boldsymbol{E}+\boldsymbol{P} \hspace{12mm} (5-3) \\
&\boldsymbol{H}=\frac{1}{\mu_0}\boldsymbol{B}-\boldsymbol{M} \hspace{9mm} (5-11)
\end{split} \notag
\end{equation}
です。
 誘電体や磁性体の存在する場合を含めて電場や磁場に関する経験的な法則をこのように簡単な方程式としてまとめることができました。ただしこれらの方程式を解くには、誘電体の分極 $\boldsymbol{P}$ が電場とどのように関係するのか、磁性体の磁化ベクトル $\boldsymbol{M}$ が磁場とどのような関係があるのかを知る必要があります。しかしこれらの関係は各々の物質特有の性質として決まるもので、電場や磁場の法則からは導くことはできません。

 今までの議論で電場と磁場は密接な関係があることが分かりました。次回は電荷が生成も消滅もしないという経験的な事実から電場や磁場に関するこれらの方程式を完全なものとしたマックスウェルの方程式を導くことを試みます。この方程式より、電場と磁場は電磁場という統一的な概念としてとらえることができるようになります。